ルネ・ラリック(1860−1945)
ルネ・ラリックはフランス・シャンパーニュ地方のアイという自然豊かな小さな村で
生まれました。早くに父を亡くし、母の勧めで宝飾細工師のルイ・オーコックに弟子
入りし、その後イギリスに留学。職人としての技術を磨いていきました。1880年から
アール・ヌーボーと呼ばれる新しい芸術のスタイルが起こり、ラリックも次第に宝飾
作家として大胆かつ斬新なデザインが注目されだしました。カルティエをはじめと
する一流宝飾店から仕事の依頼を受けるようになったラリックは、サラ・ベルナール
など女優の舞台アクセサリーを手がけるようになります。その後、香水商コティとの
出会いによってガラス工芸作家へと転身。アール・ヌーボーからアール・デコへと
装飾芸術が変わる中で、ラリックは時代の芸術を代表する巨匠と言われたのです。




フランソワ・コティ(1875−1934)
フランソワ・コティは地中海のコルシカ島で生まれました。コルシカ島はナポレオンの
生誕の地として有名ですが、単に出生地が同じというだけでなく、ナポレオンのいと
こであるイザベル・ボナパルトと遠縁であったという言い伝えがあります。パリに出た
当初は政治家の秘書や服飾品の販売員など職を転々としていましたが、南仏のグ
ラースでエッセンシャルオイルの製造の会社に勤め、そこで香水の製造について学
びました。そして生涯を香水製造の仕事に賭けることを決意した彼の最初の大きな
成功はラ・ローズ・ジャックミノー(真紅のバラ)という香水で、これまで何度も繰り返
えし語られている有名な逸話があります。それはとあるデパートに自分の香水を置
いてくれる様、再三商談しにいったものの、断られ続けた彼はラ・ローズ・ジャックミ
ノーの瓶を床にわざと落として壊し、その香りを店内に放散させたと言うのです。
その香りを嗅いだ客は皆その香水を買い求め、コティはあっという間に成功をものに
しました。この話の信憑性はともかく早々と事業の成功を収めたのは事実です。
コティは現在では重要な芸術とみなされている、美しい香りを包み込む魅惑的に装
飾された香水瓶の製作と宣伝に力を入れた最初の人物であり革新者でした。